こちらの私です
昨日、「私です」の下書きをしたばかりです。
今年はどうも、4日が週末の事が多くアウトプットに苦労しています。
特に「私です」で先にアウトプットした場合。
あちらが私にとっての本命のアウトプットの場です。
ですので、翌日こちらの私に渡すバトンが無いに等しいのです。
こちらではあまり深い話はしません。
というのも、ホームページはRuthの顧客以外の全ての方の目に触れるものだからです。
そのような場で、私は私の全てを話しません。
だからと言って、あちらの「私です」で全てを話している訳でもないのですが。
私に限らず多くの人がそうであるように、
私が私の全てを話すのは、心から信頼した人にのみ。
そこには、価値観の一致が不可欠です。
無論、完全なる一致などは求めていません。
恐らく、理解。
ただこれも、無理に理解を求めている訳でもないのです。
多くの人に理解されなくてもきっと誰かには届く。
これは私が文字通り、身体に刻んでいる言葉です。
極論、誰にも理解されなくても自分自身が納得していればそれで何の問題もないと思っています。
故に、私は私が思うままに今もこうして文字に起こしています。
これは誰かの為ではありません。
自分自身の為です。
アウトプットする事で、より理解が深まります。
自分という何かの。
この宇宙で誰よりも身近であり、最も未知で神秘的でもある自分という存在。
それに対する探求をし続けるのが人生であり、
いずれ訪れる死を以て初めて、自分が何者かを知る。
旅路は続く。

