こちらの私です
アプリの方の「私です」の下書き日と丸かぶりした
あの日からもう1ヶ月が経過したのですね。
今月は2日のズレがありました。
おかげで1度脳内をリフレッシュさせてこちらに着手する事ができています。
この1ヶ月は良くも悪くも脳をフル回転させました。
結果としては良かったと感じているので良くも悪くも。
あの時間があったからこそ、私は他に変え難いものを
手に入れる事ができたのです。
それは、手に取るまでは生まれなかった喜び。
手にした瞬間に消える喜びにならなかった事が、
何よりの喜びでもあります。
私の可能性を広げてくれるものです。
形あるものに頼らなくても、自分自身の可能性を広げる事ができるというのは重々承知の上です。
その上で、自分を新たなステージへと昇華させる可能性を秘めていると感じたからこそ求めたのです。
そしてそれを手にし、ついでに副産物も。
副産物というのは、手放す事によるもの。
モノも手放さなければ溢れかえる。
それは空間的、物理的にはもちろん、精神的にも。
心も同じように余白が必要です。
余白がなければ、受け入れる事ができない。
良い事も悪い事も。
お金、モノ、人、心、感情、自然。
全てのものは循環の上に成り立っている。
それがこの世界の摂理であり、真理である。
留まる事のない自然な川の流れのように、ありのままに
その流れに身を委ねていれば、きっとまた巡ってくる。
その中で生きているのです。
逆らう事も、塞き止める事もせず、ただ流れる。
そんな深いところまで潜った私なのでした。

